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2016年8月28日


しかし主よ、と見上げる信仰

 

 

『主よ、わたしに敵する者のいかに多いことでしょう。わたしに逆らって立つ者が多く、「彼には神の助けがない」と、わたしについて言う者が多いのです。しかし主よ、あなたはわたしを囲む盾、わが栄え、わたしの頭を、もたげてくださるかたです』。(詩篇3篇3節)

 

 

 この詩篇はダビデの詩篇で、ト書きに「ダビデがその子アブサロムを避けてのがれたときの歌」とありますが、息子アブサロムの反乱事件のときにうたった詩篇です。このときアブサロムはダビデ王家の後継者でしたが、ある事件で兄アムノンを殺したために、父ダビデの怒りをかって逃亡していました。しかし将軍ヨアブの執り成しにより、都エルサレムに帰ることは許されていましたが、二年間も父に目通りを許されず、ダビデ王家の大宴会のときも出席は許されませんでした。そこでアブサロムはこのままでは自分は王位を継承することが出来ないと考え、クーデターを起こして力ずくで王位を奪おうとしたのです。このとき、危機を感じたダビデは、「わたしに逆らって立つ者が多く、彼には神の助けがないと、わたしについて言う者が多いのです」と歌っていますが、ダビデの部下や子飼いの者たちがみなダビデを離れて、アブサロムのほうに味方したのです。ですからダビデは天涯孤独、四面楚歌のようになり、都エルサレムから逃れてヨルダン川の東の方まで逃れなければなりませんでした。

 

 ところが、この詩篇を見ると、「わたしはふして眠り、また目をさます。主がわたしをささえられるからだ。わたしを囲んで立ち構える、ちよろずの民をもわたしは恐れない」と歌っていますが、どうしてこんなに平安におられたのでしょうか。それは3節に「しかし主よ…」とあるように、彼が神に目をつけ、神を見上げたからです。ですから平安が与えられたのです。

 

 わたしたちも「しかし主よ」と神に目をつけているなら信仰の確信が与えられるのです。イザヤ書4章22節に「地の果てなるもろもろの人よ、わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる。わたしは神であって、ほかに神はいないからだ」とあります。この「地の果てなるもろもろの人よ」というところで、柘植不知人先生は「どんなにいき詰まっている人でも」と語っておられます。とにかく、どんなときでも、神を見上げていけばいいのです。

 

 ある時、ラジオでサーカスの綱渡りの達人が綱渡りの極意を話していました。それは、綱を渡っているとき中程まで進むとロープが自然と揺れるそうです。そんなときロープの先を結んでいるポールの一点から目を離さないで、揺れるのが治まるのをじっと耐えて待つのだそうです。そして、その秘訣は「絶対にポールの一点から目を離さないこと」と話していました。これはわたしたちの信仰生活でも同じことが言えるのではないでしょうか。

 

 マタイ福音書14章29節に、ペテロが水の上を歩いたという記事があります。ところがイエスの近くに来たときにほっとして、自分の立っている状況に気がつきました。すると、とたんに恐怖心がわいてきて恐ろしくなり溺れてしまったのです。これは、イエスにだけ目を付けていたときは、われを忘れて水の上を歩けたのに、イエスから目を離して回りを見たとき、急に恐ろしくなり水に呑まれてしまったのです。ですから、わたしたちも絶対にイエスから目を離さないようにしたいものです。そして、それが信仰の勝利の秘訣です。

 

 次に、ダビデ軍とアブサロム軍との戦闘は、ヨルダン川の東のエフライムの森が戦場でした。戦死者の数が多く二万にも及んだほどの激戦でした。「この日、森の滅ぼした者は、つるぎで滅ぼした者よりも多かった」とあります。そして、アブサロムが馬に乗って戦闘中、彼の自慢の髪の毛が樫の木の枝に絡まり、馬だけが先に行って宙吊りになり、ダビデん軍の将軍ヨアブに投げ槍で心臓を突かれて殺されました。彼の自慢の髪の毛が命取りになったのです。

 

 サムエル記下14章25節以下に、「イエスラエルのうちにアブサロムのように、美しさのためにほめられた人はいなかった。その足の裏から頭の頂まで彼には傷がなかった。アブサロムはその頭を刈る時、その髪の毛をはかったが、王のはかりで二百シケルあった。毎年の終りにそれを刈るのを常とした」とあります。その自慢の髪の毛が命取りとなったのです。皮肉なものです。

 

 こうして反乱事件は終結し、ダビデ王の政権は安定しましたが、「王は非常に悲しみ、門の上のへやに上って泣いた。わが子アブサロムよ。わが子、わが子アブサロムよ。ああ、わたしが代って死ねばよかったのに」と嘆いたので、ダビデのために働いた家来たちの心を傷めました。これが親心です。

20168.28