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2014年6月8日

ペンテコステの日に

 

『五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、突然激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。…すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語りだした』(使徒行伝21)

 

 今日は聖霊降臨日(ペンテコステ)です。これは約二千年ほど昔にイエスの弟子たちに聖霊が下って、キリスト教会が誕生した日だと言われています。そして今日まで「聖霊時代」となりました。

 

 イエスの昇天を見送った弟子たちはエルサレムの家の屋上の間で祈っていましたが、その人たちは120名で、イエスの十一弟子たちが中心でした。実はイエスの昇天を見送ったのは五百人といわれていますが、他の人たちはどうしたのでしょうか。あの後、彼らも熱心でしたが、いろいろな困難や迫害、試練に遭遇したとき、彼らの熱がさめて挫折してしまったのです。それは肉の元気で、聖霊の力を受けていなかったからです。ですから、使徒行伝のどこにも彼らの活躍の記事は出てきません。

 

 しかし、五旬節の日に聖霊に満たされた弟子たちは、その後いろいろな困難や迫害に遭遇しましたが、挫けず伝道を続けることができたのです。「よろしく聖霊に満たされなさい」とありますが、わたしたちが恵まれた、そして力強いクリスチャン生涯を送るためには、聖霊の力に満たされることが大切です。そしてまた、「求める者には聖霊を与えてくださる」とあります。

 

 さて、エルサレムの屋上の間に集まっていた人たちの名前がありますが、はじめの11名はいうまでもなくイエスの弟子たちの名前です。そして、その後に「イエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たち」とありますが、母マリヤはわかりますが、イエスの兄弟たちがこの場にいたことは驚きです。

 

 母マリヤは処女降誕でイエスを生みましたが、その後、ヨセフと正式に結婚して大勢の子供を生んだことがわかります。ところが、その兄弟たちはイエスの立場が理解できず、マタイ福音書12章をみると、イエスの伝道の場に連れ戻しにきたところがあります。(12:46)。また1353節にはその兄弟たちの名前が書かれていますが、そんな無理解な兄弟でしたが、イエスの生涯、とくに十字架の復活を見たとき、彼らの心の誤解が解けてイエスの弟子たちの仲間に加わるようになったのです。

 

 詩篇375節以下に『あなたの道を主に委ねよ。主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、あなたの義を光のように明らかにし、あなたの正しいことを真昼のように明らかにされる。主の前にもだし、耐え忍びで主を待ち望め』とあります。つまり、どんなに誤解され、悪く思われても、耐え忍んでいるなら、神は必ずわたしたちの義(正しかったことが)明らかにしてくださる日が来るというのです。

 

 こんな話があります。ある女性が看護学校を卒業して、神戸の病院で働きだしましたが、やがて伝道者になるべく教会に献身をしました。それを知った弟から厳しい手紙が届いたのです。「あなたは長女で、家に仕送りをして家族を支えなければならない立場なのに、勝手なことをして…」と。「そんな非生産的なことをするより、家のために働いて家族を助けよ…」と。

 

 しかし、彼女はそんなことにも挫けず献身の道を完うして、伝道者になりました。そして彼女を通して家族から多くの兄弟姉妹が救われてクリスチャンになりました。それは姉の生きざまに感動したからです。まさしくイエスの兄弟たちと同じでした。

 

 昔、群馬県のある町で歴史上に残るような大火がありました。そして「火元は住吉屋さんだ」と訴える人があり、「住吉屋の火事」と言われるようになりました。然し、どう考えても火元といわれるところは火の気のないところで、住吉屋さんは納得できませんでした。そくでその訴えた人を恨み、いつか仕返しをしてやろうと考えていました。

 

 そんなところに、東京から親戚の青年が見舞いに訪ねてきました。彼は帰りしなに、「わたしは貧乏な伝道者でなにもあげるものがないが、わたしがいちばん大切にしているものをあげます」と、懐から小型の聖書を取り出して渡しました。そして、その聖書を読みだしたところが、ルカ福音書2334節の『父よ、彼らをゆるしてください。彼らは何をしているのかわからずにいるのですから』と、イエスが十字架上で自分を殺そうとしている者たちの罪の赦しを祈っておられるところに出会ったのです。そこで彼も殺してやるという恐ろしい心を棄てることが出来たのです。

 

 それから二十年ほど後のことです。町はずれの小さい旅籠屋の番頭さんが、住吉屋さんを尋ねてきました。そして「うちに泊まっているお婆さんが、住吉屋さんに会いたい」ということでした。住吉屋さんは話を聞いてもまったく身に覚えのない人でしたが、そのお婆さんの病気が重く「あまり日もない」ということでしたので、出掛けて会ってみる気になりました。

 

 そのお婆さんは、宿賃も払えていないようで二階の薄暗い布団部屋に寝かされていました。そして住吉屋さんが挨拶をすると、「わたしは住吉屋さんに謝らなければならない」と言うのです。そして「あの二十年前の大火の火をつけたのはわたしだ」と告白したのです。「あなたの家に恨みがあったのではなく、隣の家に恨みがあって火をつかたのに、おりからの大風のためにあなたの家に火が移り、あなたの家が火元となってしまった。あなたには大変申し訳ないことをした」と告白して謝ったのです。その真相がわかり、それ以来「住吉屋の大火」と言うものはなくなりましたが、二十年目にようやく真相がわかったのです。

 『主に信頼せよ。主はそれをなしとげ、あなたの義を光のように明らかにし、あなたの正しいことを真昼のように明らかにされる。主の前にもだし、耐え忍びで主を待ち望め』(詩篇37)

 

 イエスも十字架に掛けられる前に総督ピラトの裁判を受けましたが、ユダヤ人たちはイエスを十字架につけて殺そうと「悪口雑音」イエスを非難をして訴えました。そのとき総督ピラトが不思議に思うほど、一言も弁明をなさらなかったのです。そして人類の罪を贖うために十字架に掛けられたのです。アモス書513節『それゆえ、このような時には、賢い者は沈黙する』とあります。

 

 若い頃に、誤解のために大勢の人たちの面前でさんざん罵倒されたことがありました。相手は自分より目上で、何を誤解したのか自分を取り乱して猛烈な勢いで罵倒されました。わたしはここで誤解だと弁明することもできず、ただ下を向いて沈黙をしていました。そして相手は、さんざん罵倒してさっさとその場を去って行きました。わたしは大勢の人の前で恥をかかされて情けない思いをしていましたら、その場にいたお爺さんが「これは、若い先生の方が出来ている」と言ってくれました。

 

 そして、その次の日曜日からそのお爺さんは教会に来てくれるようになり、10年後に天に召されるまで忠実に礼拝を守ってくださいました。     (2014.06.08)